2021.01.05

お菓子な博物館 第13回 ~丑年 牛の描かれた引札 後編~


 

目次

 

前編から引き続き、2021年の干支「丑」にちなみ、牛が描かれた引札をご紹介します。

 

※前回の記事はこちら⇩

> お菓子な博物館 第12回 ~丑年 牛の描かれた引札 前編~

 

1.牛の描かれた引札(ひきふだ)いろいろ

引札(ひきふだ)とは江戸後期~大正時代頃にみられた「ちらし」のことで、特に明治30年代以降は印刷技術の向上もあり、各商店が好みの図柄を選び、店名等を入れて印刷したものを顧客に配っていたようです。暦入りのものや、年末に配られることも多かったので、現代の企業名入のカレンダーのようなものといえるでしょうか。
前編でご紹介した通り、牛が描かれている場合、関連して牧場や牛乳瓶なども登場することが多く、引札から当時の生活の様子もうかがい知ることができます。

 

牛を背負った金太郎が描かれた、牛乳販売所の引札です。右上には「乳の恩 重き母うし 軽く負ひ」とあります。
金太郎も牛乳を飲んで育ったという設定でしょうか。(決して牛と戦っている訳ではありません。)
後ろの男性の驚き具合も面白いですね。

 

明治37年の略暦入りの牛乳搾取販売所のもの。(明治36年発行)
牧場の手前にたくさんの子どもたちが描かれていますが、中央の子が飲んでいるのは、ガラス瓶にゴムチューブがついた当時の哺乳瓶です。

 

こちらの牧場の引札にも、牛とともに哺乳瓶が大きく描かれています。デザイン重視とはいえ、さすがにこれではチューブが長すぎて飲めないのではと心配になります。

 

2.引札の見本

ここで少し珍しい、引札の見本をご紹介します。商店名を入れる前の状態ですので、実際には配られることがなかったものです。

 

こちらにも哺乳瓶が登場しています。流行っていたのでしょうか。いずれにしても、当時の牛乳のPRには牛と子どもが欠かせなかったようです。

 

同じく見本の引札です。こういった様々なデザインの見本の中から、各店が好みの図柄を選んでいたのですね。

 

3.丑年の新年菓子

ここまでは牛の描かれた引札をご覧いただきましたが、最後に丑年の新年菓子の図案帳をご紹介したいと思います。

 

⑥-1

「新年菓帖 巻の十二」 表紙です。癸丑(みずのとうし)は大正2年(1913年)にあたります。

 

⑥-2

⑥-3

中にはこのように、様々な和菓子の図案が描かれています。
大正2年ですので、108年も前の丑年ですが、これらを参考に実際はどのようなお菓子が作られていたのでしょうか。

 

 

さて、新しい年がやってきました。今年はどんな丑年になるのか。
これからも皆さまに、「お菓子な博物館」ならではの、とっておきのお菓子コレクションをご紹介していきたいと思います。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

 

※前回の記事はこちら⇩

> お菓子な博物館 第12回 ~丑年 牛の描かれた引札 前編~

 

 

 

<今回の展示品>

① 引札 生乳・蒸気殺菌乳 販売所 三谷牧場/明治時代後期  約27×38cm

② 引札 牛乳搾取販売所 厚生舎(明治37年略暦)/明治36年発行  約26×38cm

③ 引札 牛乳搾取販売 山本牧場/明治時代後期  約26×38cm

④ 引札 (見本)/明治時代後期  約25×37cm

⑤ 引札 (見本)/明治時代後期  約26×38cm

⑥ 「新年菓帖 巻の十二」  /大正2年 17.5×24.5cm

 

 

所蔵:株式会社山星屋

この記事を書いたライター

yoshi

お菓子と歴史が大好きな、「お菓子な博物館」の専属学芸員。ここでしか見られない、貴重なコレクションを独自目線で皆様にご紹介します。好きなお菓子はロングセラーの定番商品。でも新製品も気になる(笑)

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